今月から大分県玖珠町の山中に仕事に行っていますが、休憩時間に村の長老が語ってくれた民話「伐株山伝説」です。(お暇のある方は読んでください)
昔むかしのその昔、あるところに大きな湖があったそうじゃ。
湖を望む丘に、天にも届きそうな巨大な楠の大樹が一本そびえ立っていて、その楠のてっぺんは雲の上まで突き出ておったんじゃと。
湖や畔の村々は昼間でも薄暗く、田畑にはまったく陽が差さないもので、作物も育たず病人も出て、たいそう困っておったそうな。
村の衆は口々に「あの、楠木さえなきゃいいのに」とグチばかり。
あんまり村人がグチるので、村の庄屋さんが何処からか腕利きの木こりさんを雇って来て、その楠木を切り倒すことにしたんじゃ。
だけど、その木こりさんもあまりにも大きな楠木を見てビックリ仰天。
「こりゃ、一人や二人じゃどげんならんわ」と言って、五人の力自慢と畳三枚敷きもある大きなノコギリを準備したんだと。
さっそく、五人の木こりさん達は楠木を切り倒しに掛ったんじゃが、これがまた大仕事じゃ。
朝から晩まで交代ごうたいギーコンギーコンとノコギリを動かして、辺りが薄暗くなるまで働いて家路についたんじゃ。
翌日も元気に行ってみると、これが不思議なことに昨日切った切り口が見つかりません。
木こりさん達は、また一からやり直しです。
朝から晩までギーコンギーコン、汗を拭きふきギーコンギーコン。
これを何日繰り返しても、翌朝行ってみるとまた切り口が塞がってしまっているのです。
木こりの大将が「こりゃ、どんならんわ」と思っていた処に、身の丈九百尺もある大男がやって来て「お前どんがいくら切ろうちしてん無理じゃ、ここは一丁俺に任せちみらんかえ」と言うものですから、木こりの大将はその大男に任せることにしたんじゃと。
その大男はみじたくをととのえると、大きなおので楠の大木に立ち向い、朝から晩までカッチンカッチンとおのを振り下ろしたそうじゃ。
ところが不思議なことに、大男がいくら怪力をふりしぼっても、翌朝になると削られた幹が元通りに治っていたそうじゃ。
「こりゃ、いったいどうしたことじゃ?」
さすがの大男も困りはて、大きなおのを放り投げ思案にくれていたその時です。
そこへ、楠木の上の方からスルスルと降りて来た者がおったそうじゃ。
よく見ると、それはいつも「臭いクサイ」と楠の大木に笑われ、痛めつけられていた「ヘクソカズラの妖精」じゃったそうじゃ。
このヘクソカズラの妖精が大男に向って言うには、「私たちはいつもこの楠の木に巻かりついていて、楠木から養分をもらって生きております。
ですからこの木が傷つけられると、いつものご恩返しに私たちはすぐに樹液を出し傷口にぬり、傷を治していたのです。
ところが私の出す液が臭いと言っては、この楠の木が笑ったり嫌がったりするのです。
私たちが楠の木がこんなに小さい時分からずいぶんと可愛いがってあげ、私がクサイおかげで虫もつかず、病気にもかからず、台風に傷ついてもすぐに治してあげたからこんなに大きくなったのに、その恩も忘れて私のことを嫌がっているのです。
あまりの恩知らずに、私は腹が立って仕方がありません。」
このように、グチをひとしきり並べたてヘクソカズラの妖精は、「あまりの仕打ちに私が楠の木の秘密をお教えしましょう。」ときりだし、「それは毎日切っただけの木くずを焼き捨ててしまえばよいのです。」とヘクソカズラの精は教えてくれたそうじゃ。
それから大男や木こりさんたちは、ヘクソカズラの妖精が教えてくれた通り、毎日その日の切りくずを焼き捨て、焼き捨てては切り続けたんじゃのう。
夏が来て、秋が来て、寒い冬が来ても、木こりさんや大男たちは休むことなく楠の大木を切り続けたそうじゃ。
ギーコン ギーコン カーン カーンと、木を切る音が湖の畔の村々にこだまして、村の衆は「木こりさんたちは、今朝も早よからがんばっているので俺たちもがんばらねば」と、木こりさんたちを応援したそうじゃ。
こうして三年三ヵ月が過ぎ、何度目かの春がやって来た頃、とうとう楠の大木を切り倒すことができたそうじゃ。
大きな楠の木がもんどり打って倒れた拍子に大きな湖の土手が切れ、水が洪水のように流れ出し、その跡に盆地が出来上がったちゅぅ話じゃ。
やがて、陽当たりが良くなったその盆地じゃ作物が沢山採れ、病人も出ないようになって、たいそう栄えたそうじゃが、この村々の人々は楠木のために尽くしたヘクソカズラの妖精の悔しい想いを胸に、お互い助け合いながら人情豊かに暮らしているそうじゃ。
いつの間にかその村は、大きな楠の木があったところから「玖珠(くす)」と呼ばれるようになり、その巨木の切り株が今の「伐株山(きりかぶさん)」なんじゃそうじゃ。
楠の巨木が切り倒されてからは、近隣の村々にも陽が差すようになり、現在の日田(ひた)、夜明(よあけ)、朝日(あさひ)、光岡(てるおか)などの地名もその名残じゃそうな。
米ん団子、粟ん団子・・・ (以上、長老の話を編集)
JR久大線から望む伐株山は、玖珠のシンボルでもある。
現在ではハンググライダーやパラグライダーのメッカともなっている「伐株山」だが、五月五日に開催される日本童話祭の会場の一つにもなっており平らな山頂は公園化されている。
山頂までは二本の車道が通り、一本は玖珠町山田唐杉から、もう一本は笹ケ原から山頂へと延びていて容易に昇ることができる。
文中の画像は玖珠町および玖珠町観光協会のサイトから拝借いたしました。